一度嫌いになったものを、いつの間にか好きになっていることがある。
自分にとっては、ピーマンがそうだった。
子どもの頃は、あの苦みがどうしても苦手だった。
料理の中にピーマンが入っていると、できるだけ避けながら食べていた。
細かく切られていても、なんとなく分かる。
口に入れたときに広がる独特の苦みが嫌で、「どうしてこれを食べるんだろう」と思っていた。
ところが、いつからか少しずつ気にならなくなった。
ある日、料理に入っていたピーマンを普通に食べている自分に気づいた。
「そういえば、昔はこれが嫌いだったな」と思った。
それからさらに時間が経つと、不思議なことに、今度はその苦みが欲しくなるようになった。
嫌いだった理由が、好きな理由になる
ピーマンを食べながら、昔嫌いだったものを今は好きになっていることが、少し面白く感じる。
昔は苦手だった苦みが、今では料理の中にあると嬉しい。
肉と一緒に炒めたり、焼いたりすると、あの苦みがちょうどいい。
「この苦みがあるからおいしい」と思うことさえある。
同じピーマンなのに、自分の感じ方はずいぶん変わった。
もちろん、今でも苦手なものはある。
でも、「一度嫌いになったから、これからもずっと嫌い」とは限らないのだと思う。
味覚も変わるし、経験も増える。
昔は分からなかった良さに、あとから気づくこともある。
食べ物だけではなく、人や場所、趣味や音楽でも、似たようなことがあるのかもしれない。
そのときには合わなかったものが、時間が経ってから急に好きになる。
反対に、昔は好きだったものが、今はそれほど気にならなくなることもある。
好き嫌いは、ずっと同じ形で固まっているものではない。
そのときの自分によって、少しずつ変わっていく。
そう考えると、「これは嫌いだから」と早く決めつけなくてもいいのかもしれない。
今は苦手でも、いつか好きになるかもしれない。
昔好きだったものを、また好きになる日が来るかもしれない。
ピーマンの苦みをおいしいと思えるようになったように、自分の中の「好き」は、これからも少しずつ変わっていくのだと思う。


コメント