自分の声を録音して、あとから聞いたことがある。
電話や動画を見返しているときに、自分の声が入っていると、少し変な感じがする。
「こんな声だったっけ」
普段、自分が聞いている声とは明らかに違う。
話しているときは、もっと低い声だと思っていたり、もう少し落ち着いた話し方をしているつもりだったりする。
でも、録音された声を聞くと、思っていたより高かったり、言葉の間に思った以上の癖があったりする。
最初に聞いたときは、少し違和感がある。
何度か聞いているうちに慣れてくるけれど、それでも「自分が思っている自分」と「実際の自分」には、こんなに違いがあるんだなと思う。
声だけではないのかもしれない。
思っている自分と、本当の自分
自分では、落ち着いて話しているつもりでも、相手から見ると少し早口だったりする。
自分では普通に話しているつもりでも、誰かには楽しそうに聞こえていたり、逆に少し緊張しているように見えていたりする。
表情や仕草も、自分ではなかなか分からない。
鏡を見ることはあっても、話している最中の自分を見ることはほとんどない。
そう考えると、自分が知っている「自分」は、自分の中から見た一部分なのかもしれない。
録音された声を聞いて違和感を覚えるのも、知らなかった自分に出会っているからなのだと思う。
少し変な感じはする。
でも、それは悪いことではない。
自分が思っている自分と、本当の自分に少しズレがある。
そのズレがあるからこそ、自分では気づいていない部分を知ることができる。
誰かに「意外とこういう話し方するんだね」と言われたときも、最初は少し驚く。
でも、そういう言葉をきっかけに、「自分って、そんなふうに見えているんだ」と気づくことがある。
自分のことは、自分が一番よく知っているようで、実は知らないところもたくさんある。
録音した自分の声を聞くという小さな出来事から、そんなことを考える。
少し違和感のある自分も、知らなかった自分も、どちらも自分なのだと思う。
「思っていた自分と違う」と感じたときは、もしかしたら新しい自分を知るきっかけなのかもしれない。

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