何も起きなかった日のことを、ふと思い出すことがある。
大きな出来事があったわけでもない。
旅行に行ったわけでも、特別な人に会ったわけでもない。
朝起きて、いつものように支度をして、仕事をして、ご飯を食べる。
帰ってきたら服を着替えて、テレビをつけたり、スマホを眺めたりする。
そんな一日。
その日のことを誰かに聞かれても、「特に何もなかった」と答えるかもしれない。
でも、そういう一日が意外とたくさんある。
昔のことを思い出そうとしても、大きな出来事のあった日は覚えているのに、何もなかった日のことは、なかなか思い出せない。
それでも、その日も確かに自分は一日を過ごしていた。
「何もなかった日」が積み重なっている
机の上を片づけたり、古いメモを整理したりしていると、何年も前の日付が書かれたものを見つけることがある。
その日、何をしていたのかは思い出せない。
でも、その日に自分が書いた文字を見ると、「この日もちゃんと生活していたんだな」と思う。
きっと、何かを食べて、誰かと話して、笑ったり、少し疲れたりしていた。
もしかしたら、ちょっと嫌なこともあったかもしれない。
逆に、ほんの小さなことで嬉しくなった瞬間もあったかもしれない。
でも、それを全部覚えている必要はないのだと思う。
人生を振り返ると、記憶に残っているのは特別な日ばかりではない。
何も起きなかった日も、その中にたくさん混ざっている。
そして、その何気ない一日一日が積み重なって、今の自分になっている。
大きな出来事だけで人生ができているわけではない。
朝起きて、食事をして、仕事をして、眠る。
そんな普通の日を何度も繰り返してきたから、今ここにいる。
そう考えると、「今日は何もなかったな」と思う日も、少し違って見えてくる。
何もなかったのではなく、いつもの一日をちゃんと過ごした。
それだけでも十分なのかもしれない。
今日という日も、もしかしたら何年後かには思い出せなくなっているかもしれない。
それでも、その一日は確かに自分の時間だった。
特別なことがなくてもいい。
何も起きない日も含めて、毎日は少しずつ積み重なっていく。
そして、その積み重ねの先に、今の自分がいるのだと思う。

コメント