誰にも見せないものを大切にしている

日記

家の中を見回してみると、誰にも見せていないものがいくつかある。
昔から書いている日記だったり、スマホの中に残している写真だったり、思いついたことを適当に書いたメモだったりする。

趣味で集めているものもそうだ。
人に見せるために集めているわけではないから、誰かに「これ、何がいいの?」と聞かれても、うまく説明できないものもある。
それでも、自分にとっては大切だったりする。

日記を読み返してみると、当時は何気なく書いた一言が残っている。
写真を見返せば、そのとき何をしていたのかを思い出す。
メモには、今となっては何のことを書いたのか分からないものもある。

それでも、なぜか消さずに残している。
たぶん、そこには「人に見せるため」という理由がないからなのだと思う。

人に見せるためじゃない「好き」

誰かに見せることを考えると、どうしても「どう思われるかな」と考えてしまう。
分かりやすいものを選んだり、きれいに見えるようにしたり、説明しやすいものを選んだりすることもある。
でも、誰にも見せないものなら、そんなことを考えなくていい。

自分が好きなら、それでいい。
少し古くてもいいし、他の人には価値が分からなくてもいい。
日記の字がきれいじゃなくても、写真の構図がうまくなくても、集めているものが人から見れば小さなものでも関係ない。

「自分はこれが好き」
それだけで十分なのだと思う。
そういうものを一つでも持っていると、少し安心する。

誰かに褒めてもらう必要もない。
誰かに理解してもらう必要もない。
自分だけが分かっていれば、それでいい。
考えてみれば、誰にも見せないからこそ、大切にできるものもあるのかもしれない。

人からどう見えるかではなく、自分がどう感じるかだけで選べるからだ。
毎日の生活では、誰かと話したり、仕事をしたり、周りに合わせたりする時間も多い。
だからこそ、一人になったときに、自分だけの「好き」を持っていることは大切なのかもしれない。

日記でも、写真でも、メモでも、趣味のコレクションでもいい。
誰にも見せなくても、自分が大切にしている。
そんなものが一つあるだけで、自分の中にちゃんと自分の居場所があるような気がする。

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