「無理しないで」の意味が変わった

振り返り・気づき

同じ言葉なのに、昔と今では少し意味が違って感じることがある。
その一つが、「無理しないで」という言葉だ。

昔から、誰かに「無理しないでね」と言うことはあった。
仕事を頑張っている人や、何かに挑戦している人に向かって、「無理しないで」と声をかける。けれど、若い頃の自分がその言葉を使うときは、「頑張ってね」という応援の気持ちが、どこかにあったように思う。

頑張っている姿を見て、応援したい。
でも、体には気をつけてほしい。
そんな気持ちを込めて、「無理しないで」と言っていたのだと思う。
それが年を重ねてくると、少しずつ変わってきた。

本当に、無理をしなくていいと思うようになった

最近は、「無理しないで」という言葉を口にするとき、本当に無理をしてほしくないと思うようになった。
仕事が続いて疲れている人を見たときも、何かを頑張りすぎている人を見たときも、「もう少し頑張って」と言うより、「無理しなくていいよ」と思う。

スーパーで買い物をしているときや、家でちょっとした片付けをしているときでも、ふと昔のことを思い出すことがある。
自分も昔は、疲れていても「まだ大丈夫」と思っていた。

もう少し頑張れる。
これくらいなら平気。
そんなふうに考えていた時期もあった。
だからこそ、今は誰かに「無理しないで」と言うとき、その言葉に少し違う気持ちが入るようになったのかもしれない。

頑張っている人を応援する気持ちは、今も変わらない。
でも、頑張ることだけが大切ではないとも思うようになった。
休んでもいいし、途中でやめてもいい。
今日はできなくてもいい。
そんな気持ちも一緒に込めて、「無理しないで」と言いたい。

同じ四文字の言葉でも、そこに込める気持ちは、時間と一緒に少しずつ変わっていく。
昔の自分が言っていた「無理しないで」と、今の自分が言う「無理しないで」
言葉は同じでも、今のほうが少しだけ、相手のことを考えている気がする。
それはきっと、自分自身も無理をしてきた時間があるからなのだと思う。

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