自分では普通だと思っていたことが、人に話してみると「それって珍しいね」と言われることがある。
たとえば、たい焼きの中身をどこから食べるか。
頭から食べる人もいれば、しっぽから食べる人もいる。自分の中では何となく決まった食べ方があって、それが普通だと思っている。
でも、人と一緒にたい焼きを食べていると、「そこから食べるんだ」と言われることがある。
そう言われて初めて、「もしかして、自分は少し違うのかな」と気づく。
町を歩くときもそうだ。
同じ場所へ向かっていても、歩く道順が決まっていたり、信号の渡り方や歩く位置に何となく自分なりの癖があったりする。
本人にとっては、ただいつもそうしているだけ。
でも、人から見ると少し変わっていることもある。
自分だけの「普通」がある
こういう小さな習慣は、自分ではなかなか気づかない。
毎日の中で何度も繰り返しているから、それが当たり前になっている。
物を置く場所だったり、食べる順番だったり、買い物をするときのちょっとした選び方だったり。
誰かと話していると、「え、それって普通じゃないの?」と思うこともあれば、逆に自分の習慣を聞いて相手が驚くこともある。
そこで初めて、自分の中にも「自分だけの普通」がいくつもあることに気づく。
考えてみれば、人それぞれ育ってきた環境も違うし、家族の習慣も違う。
だから、同じものを見ても、同じようにするとは限らない。
それなのに、自分がやっていることは自然すぎて、「これは自分だけのやり方かもしれない」と考えることはあまりない。
そう思うと、何気なくやっていることの中にも、自分らしさが隠れているのかもしれない。
人から「それって珍しいね」と言われたときは、少し驚く。
でも、その瞬間に、自分では見えていなかった自分の一面を教えてもらったような気もする。
特別なことではなくてもいい。
たい焼きの食べ方でも、町の歩き方でも、毎日の小さな習慣でもいい。
そんな些細なところに、自分だけの「普通」がある。
それに気づけると、いつもの生活が少しだけ面白く見えてくる気がする。


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