忙しい一日を終えて、ようやく落ち着いたときに「今日は何をしていたんだろう」と思うことがある。
朝から仕事をして、いくつかの用事を済ませて、人と話して、気づけば一日が終わっている。スマートフォンの時計を見ると、もうこんな時間かと思う。忙しかったことは覚えているのに、何をしていたのかと聞かれると、うまく思い出せない。
そんな日は、何も残っていないような気持ちになることもある。
でも、思い出せないからといって、その一日が何もなかったわけではない。
思い出せない一日も、ちゃんと積み重なっている
その日にした仕事も、人と交わした言葉も、少し疲れながら過ごした時間も、その瞬間には確かに自分が経験したものだ。
大きな出来事がなくても、毎日は小さなことの繰り返しでできている。何気なく片づけた仕事や、誰かのためにしたこと、自分なりに考えて動いたこと。そういうものは、その日のうちは特別なことに感じなくても、少しずつ自分の中に残っていく。
そして、何日か経ってから振り返ったとき、「あの頃もちゃんとやっていたな」と思えることがある。
そのときになって初めて、自分が思っていた以上に頑張っていたことに気づくのかもしれない。
何をしたか思い出せない日があってもいい。
今日一日のことを詳しく説明できなくても、ちゃんと一日を過ごした。その事実はなくならない。
そんな日が積み重なって、いつか「あのときも乗り越えた」と思える経験になる。そして、その経験が、次に何かあったときの小さな自信になっていくのだと思う。
何も残っていないように感じる日にも、きっと自分の中には何かが残っている。
今日も一日、ちゃんと過ごした。それだけでも十分な積み重ねなのだと思う。

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