連休が待ち遠しい理由

振り返り・気づき

7月に入ると、不思議と子どもの頃を思い出す。
教室の窓から見える青空や、少しずつ強くなる日差しを感じながら、「もうすぐ夏休みだなぁ」と心の中で数えていた。
もちろん、その前にはテストが待っていた。
勉強しなきゃと思いながらも、頭の片隅では夏休みの予定ばかり考えてしまう。
友達と遊ぶことや家族で出かけること、何をするわけでもない一日さえ特別に思えて、あの頃の七月は毎日が少しだけ浮き足立っていた気がする。

窓の外では、風に揺れる木々が夏の訪れを知らせるように葉を鳴らしていた。
その景色を見るだけで、「あと少し頑張れば夏休みだ」と自然と気持ちが前を向いていたことを思い出す。

大人になっても変わらない楽しみ

社会人になると、夏休みという言葉より、お盆休みという言葉を使うようになった。
学生の頃のように長い休みではないけれど、それでも連休が近づいてくると少しだけ心が弾む。
「何をしようかな」と考える時間も、楽しみのひとつなのかもしれない。
旅行へ行く人もいれば、家でゆっくり過ごす人もいる。
予定があってもなくても、少し肩の力を抜ける時間があると思うだけで、毎日の頑張り方も少し変わってくる気がする。

子どもの頃は夏休みを待ちながら毎日を過ごしていた。
そして大人になった今も、連休を楽しみにしながら日々を積み重ねている。
形は変わっても、「楽しみが待っている」という気持ちは、ずっと変わらないのかもしれない。

忙しい毎日の中にも、少し先の楽しみがあるだけで、人はもう少し頑張れる。
だから今日も、目の前のことを一つずつ終わらせながら、その日を楽しみに待っていたい。
何歳になっても、連休を待ち遠しく思う気持ちは、きっと悪いものじゃない。
むしろ、毎日を前向きに過ごすための、小さな原動力なのだと思う。

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