日曜日の朝、カーテン越しに差し込む日差しが、今日の空気がやさしいことをすぐに教えてくれた。平日より少し遅く起きても、罪悪感なんてまったくない。むしろ「今日はゆっくり過ごしていいよ」と言われているような気がして、その柔らかい光に包まれながらしばらくベッドの上で伸びをした。
予定は特に決めていない。
掃除をしようかな、買い物に行こうかな、洗濯物もそろそろ片付けたい気もする。
でも、どれも「やらなきゃ」じゃなくて「できたらいいな」くらいの軽い気持ち。そんな日曜日が、いちばん好きだ。
台所に立ってコーヒーを淹れると、部屋の中にゆったりと香りが広がった。マグカップを両手で包み込みながら窓の外を見ると、散歩中の家族や、買い物帰りの人たちがゆっくり歩いているのが見える。外の空気ものんびりしていて、まるで街全体がお休みモードに入っているみたいだった。
何をしても許される、そんな休日
部屋の隅に置いたままになっていた本を手に取ると、ページをめくる音が静かな部屋に心地よく響く。
ふと時計を見ると、もうお昼が近い時間。
午前中は特に何をしたわけでもないのに、なんだか満たされた気持ちになっていた。
少し掃除をするのもいいし、気が向いたら近くのスーパーに行って晩ごはんの材料を買うのもいい。
頑張らなくてもいいし、サボってもいい。
“何をしても許される日曜日”って、こんなに心が軽くなるんだなぁと改めて思う。
午後になって、日差しがさらにあたたかくなってきた。
洗濯物を干しながら空を見上げると、雲がゆっくり流れていて、それがまた心地よかった。今日は、全部がのんびりで、全部がやさしい。
夕方になっても慌てる必要はなくて、日が沈む前のほんのりオレンジ色の光が部屋に入ってくるのをぼんやり眺めていた。
特別なことはしていないのに、特別みたいに感じる。
きっと、それが“よく休めている時間”なんだと思う。
何もしないという選択が、こんなに贅沢だなんて。
こんなふうに過ごす日曜日も、ときどきは必要だ。


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