クリスマスの翌日の、なんでもない幸せ

日記

クリスマスが終わった翌日って、どうしてあんなにゆるやかな空気が流れるんだろう。今日は特別なイベントがあるわけでもなく、どこかへ出かける予定があるわけでもない。ただの一日。でも、子どもの頃の私は、この「翌日」がなぜか好きだった。

朝、食卓に向かうと、昨日のごちそうの残りが並んでいた。ローストチキンの端っことか、サラダの残りとか、ケーキの切れ端とか。たぶん親からすると「片づけの一環」だったんだろうけれど、子どもの私は“まだクリスマスが続いてるみたいで嬉しい”と感じていた。

プレゼントでもらったおもちゃを握りしめて、テレビの前に座って遊んでいた。特別大きなものじゃなくても、新しいおもちゃはそれだけで心を満たす。テレビでは、年末特有のバラエティ番組や特番が流れていて、なんとなく賑やか。ゆるい午後の陽が差し込む部屋で、ぼんやりと画面を眺めながら、プレゼントのおもちゃをいじっていた。

昼過ぎには、友達が「遊ぼう」と声をかけに来ることもあった。外は冷たい空気なのに、なぜか外に出るのが苦じゃなかった。冬休みの始まりで、心が軽かったのかもしれない。公園で遊んだり、家でゲームをしたり。冬休みあるあるだけど、宿題のことなんてまったく頭になかった。最終日近くで焦ることはわかっていたのに、それでも「今日やらなくても大丈夫」と、根拠のない自信を持っていた。

大人になった今思うと、なんでもない日の中にこんなに幸せが詰まっていたんだなぁって思う。クリスマスの翌日の“残りものの幸せ”って、ちょっとくすぐったくて、あたたかくて、忘れられない。

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