初めて自分のおこづかいで買ったCDは、宇多田ヒカルの「Can You Keep A Secret?」だった。CDショップで小さな棚を何度も見比べて、ドキドキしながらレジに持っていったのを、今でも覚えている。あの頃のCDって、ケースを開けると新しいインクとプラスチックの匂いがして、それだけで特別なものを手に入れた気分になった。
でも、そのときうちにはCDコンポがなかった。だから、再生するのはいつもプレイステーション。ゲームをするように電源を入れて、テレビのスピーカーから流れる少しこもった音。それでも、私にとっては最高の音楽だった。
放課後の部屋で、夕暮れの光がカーテン越しにゆらいでいる中、「Can You Keep A Secret?」を流して、ただ聴いていた。当時はまだ、歌詞の意味なんて深くわかっていなかったけど、宇多田ヒカルの声の切なさと、どこか都会的な響きに惹かれていた。サビの部分が流れるたびに、胸の奥がぎゅっとするような、そんな気持ちを初めて覚えた。
何度も、何度も聴いた。ゲームのコントローラーを置いて、ただ畳に座って。曲が終わると、△ボタンで「再生」を押して、また1曲目から。同じ曲なのに、その日の気分で聴こえ方が違うのが不思議だった。
今思えば、あのとき感じていた“音楽を聴く時間”って、すごく贅沢だったのかもしれない。スマホで無限に曲を選べる今よりも、1枚のCDを何度も聴くことで、曲と過ごす時間が深くなっていた。音が部屋の空気に染みこんでいくような、そんな感覚だった。
久しぶりにあの曲を聴くと、当時の部屋の空気や、プレイステーションのディスクを読み込む「キュルッ」という音まで思い出す。あの頃の私には、CD1枚が世界そのものだった。今でも宇多田ヒカルの歌を聴くと、あのときの自分がふっと隣に座ってくれる気がする。



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