自転車通学

日記

高校生のころ、夏はいつも自転車で通っていた。片道50分くらいの距離。今思うとけっこう遠かったけれど、あの頃はそれを大変だなんて思ったことがなかった。むしろ、風を切って走るのが気持ちよくて、毎日のようにペダルを踏むのが楽しみだった。

朝、まだ日が昇りきる前の道を走ると、草の匂いと湿った空気が混じって、夏の朝独特の香りがした。信号のたびに立ち止まりながら、友達と「今日も暑いなー!」なんて笑い合っていたのを思い出す。通学路の途中には、駄菓子屋、川沿いの小道、ちょっとした神社の階段。バス通学じゃないから、どこでも寄り道できるのが最高だった。

放課後は、部活で遅くなった帰り道。オレンジ色に染まる空を見ながら、少し汗ばんだ制服のまま風を受けて走る。夕立のあとで路面が濡れている日は、タイヤが「シャッ、シャッ」と軽い音を立てて、その音さえも夏の音楽みたいに感じていた。

寄り道して買ったアイスを片手に、田んぼのあぜ道で休憩することもあった。遠くでアブラゼミが鳴いていて、空には少しずつ星が見えはじめる。「明日も早いけど、まだ帰りたくないな」なんて思いながら、ペダルをこいで帰る。その時間が、なんとも言えず自由で、幸せだった。

あの頃は、本当にどこまでも走れる気がしていた。体力とか疲れなんて考えもしなくて、ただ行きたい方向へハンドルを切っていた。今じゃ50分どころか、10分走るだけでも息が上がっちゃうけれど、あのとき感じていた「どこへでも行ける気がする」感覚は、今でも心の中に残っている。

夏の風が頬をかすめると、ふと、あの頃の景色がよみがえる。真っ白な雲、遠くで鳴く蝉の声、そしてハンドル越しに見た広い空。自転車で通ったあの夏は、きっと、人生の中でいちばん自由だった夏だった。

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