初めてのアルバイトは、本屋の棚卸しだった。友だちに誘われて、夏の終わり頃。まだ学生のころのことだ。慣れない空気の中、少し緊張しながら入った店内は、独特の紙とインクの匂いがして、どこか落ち着くような、でも背筋が伸びるような場所だった。
仕事内容は、ひたすら本のバーコードを読み取って、在庫を確認するというもの。最初のうちは、どの棚を見たのか分からなくなったり、順番を間違えたりして、なかなか要領を得られなかった。周りの人たちは手際がよく、ピッ、ピッと軽やかにスキャナーを鳴らしていく。私はといえば、タイトルを眺めては「これ、読んだことあるな」なんて余計なことを思い出して、つい手が止まってしまうのだった。
それでも、作業が進むうちに少しずつリズムがつかめてきて、気づけば無心で本を数えていた。夜の本屋は人がいなくて、蛍光灯の明かりが棚の背表紙を静かに照らしている。ページの間から漂うわずかなインクの匂い、遠くから聞こえる紙をめくる音。単調な作業のはずなのに、どこか心が落ち着いていったのを覚えている。
休憩の時間になると、同じバイト仲間と缶コーヒーを飲みながら話した。「本屋って静かだけど、なんか居心地いいね」そんな何気ない会話が妙に新鮮で、楽しかった。
あの頃は、ただ必死で、うまくやろうと焦っていたけれど、今思えばいい時間だったと思う。黙々と働きながらも、本の並ぶ空間に囲まれて過ごした夜は、不思議と穏やかで、少しだけ大人になった気がした。
働くってこういうことなんだ、と感じた最初の瞬間。疲れたけれど、帰り道の夜風がなんだか気持ちよかったのを、今でもはっきり覚えている。



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