チーズの香りとあの頃の笑顔

日記

子どものころ、ピザはうちでは“ご馳走”だった。普段の食卓は、焼き魚や味噌汁、煮物やひじき。どれもおいしくて、祖母の味として今も心に残っているけれど、そんな日常の中で、ピザが出てくる日は特別だった。

たいてい、それは誕生日の日。夕方、部屋の電気が少し早めに点いて、テーブルの上に見慣れない大きな箱が置かれていると、それだけで胸が高鳴った。箱を開けると、ふわっと立ちのぼるチーズの香り。あの瞬間のわくわく感は、今でも覚えている。

「今日はピザだよ!」母のその一言が、誕生日の合図だった。ケーキよりも、プレゼントよりも、その言葉を聞くのがいちばん嬉しかった気がする。チーズの糸を伸ばしながら、「熱い熱い!」なんて笑っていた家族の声が、あの頃の食卓のBGMだった。

当時は、ピザを食べるのが“ちょっとしたイベント”。普段は和食ばかりだったから、洋風の香りがするだけで部屋の空気まで違って見えた。炭酸のジュースが添えられて、それだけで“非日常”が始まるような気がしていた。

今では、コンビニでもスーパーでも、簡単に買えるようになったピザ。夜中にひとりでレンジで温めて食べることもあるけれど、あの頃のような特別な味は、もうしない。きっと、ピザそのものの味じゃなくて、“みんなで食べた時間”の味だったんだろう。

あの日の食卓を思い出すたび、チーズの香りと一緒に、家族の笑顔が浮かんでくる。「ピザ=ご馳走」という感覚は、大人になった今でも、どこか心の奥に残っている。次の誕生日は、久しぶりにピザを囲んでみようかな。あの頃みたいに笑いながら、熱々をほおばってみたい。

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