夕暮れに聞こえた“ありがとう”

日記

夕方、近くのスーパーへ向かう途中のことでした。横断歩道の手前で、小学生くらいの男の子が自転車を押しながら歩いているのが見えました。どうやらチェーンが外れたのか、乗れないまま一生懸命に自転車を引いています。ランドセルの肩紐が少しずれていて、その後ろ姿がなんだか健気で、思わず目で追ってしまいました。

そのとき、道の脇に黒いスマホが落ちているのに気づきました。画面が少し泥で汚れていて、誰かがうっかり落としたばかりのようでした。拾い上げて顔を上げると、さっきの男の子が「あっ、それ僕のです!」と駆け寄ってきました。どうやら自転車を押しているうちにポケットから滑り落ちたみたいです。

「ありがとう!」
満面の笑顔でそう言われて、なんだかこちらまでうれしくなりました。ほんの小さなことなのに、人に「ありがとう」と言われるって、こんなに心があたたかくなるものなんですね。男の子はスマホを大事そうにポケットに戻して、「気をつけて帰るんだよ」と声をかけると、「はいっ!」と元気にうなずいて、また自転車を押して歩いていきました。

その姿を見送りながら、夕方の空を見上げました。オレンジ色に染まる雲の向こうで、カラスが鳴いています。街路樹の間を抜ける風が少し冷たくなってきて、冬の気配が近づいているのを感じました。だけど胸の中には、さっきの「ありがとう」がぽっと灯りのように残っていて、不思議とあたたかい。

日常の中には、ほんの少しの優しさで心がほぐれる瞬間がある。それはほんの一言だったり、小さな行動だったり。でも、そういう出来事があるだけで、その日の景色が少し柔らかく見える気がします。

あの男の子も、今日のことを少しでも覚えていてくれたらうれしいな。私もまた、誰かに「ありがとう」と言える一日を過ごしたいと思いました。

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